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ママになれない...

妊娠して気づいた心の問題

妊娠発覚、私はどこに行くのか

妊娠が発覚して約1ヶ月。11週目に入り、初期の中絶手術が可能な12週まで残りわずか。いや、11週に入ってから中絶を決めるようじゃ、間に合わない。手術の予約をして、痛いと噂の前処置とやらをして、そうこうしているうちに12週に突入してしまうだろう。実質、私に残されている選択肢は「産む」ということになった。いや、中期中絶といって、初期に行う子宮から掻き出す方法ではなく、産むのと同じ方法で陣痛を起こして退治を外に出すという手術はまだできる時期ではある。でもそれは死産届けを出さないといけないし、火葬もしなければいけないし、なにより産むより痛いし、そして、胎児も大きく育っていて、私には、できないと思う。初期中絶でも怖くてできなかったんだから、中期中絶なんて、できるわけない。初期中絶を迷っている間は、何人かの友人に相談し、ネット上の知らない誰かにも相談し、また、ネットで色んな情報に触れた。胎児なんてまだ細胞なんだから早めに堕ろすなら問題ない(と、思うしかない)と言う人もいれば、中絶は人殺しと同じだと言う人もいた。二度と産めない体になることを覚悟でするものだ、とも。

 

人は、何か物事に対する解釈を自身が置かれているポジションに応じて自在にに変えることができる生き物である。少なくとも私がそうだった。まず、妊娠する前は、中絶は人殺しだと思っていた。障害があっても妊娠するようなことをしたなら産むのが筋、すべて自己責任、と思っていた。他人の中絶にはとやかく言える立場ではないが、それでも中絶をしたことがある女性の話を聞くと、少しどこか薄気味悪さを感じていた。要は、中絶反対派だった。不倫の子でも産めばいい、と思っていた。

 

でも、いざ自分が未婚の母になるとなると、長年の毒親と最近の仕事のストレスで鬱になり働ける状態じゃないとなると、意見はコロッと変わった。「中絶の何が悪い?」「人殺し?じゃあそもそも人殺しの何が悪い?」「無責任に、助けてくれるわけでもないのに、他人が産めだなんて言わないで!」

 

中絶について、命について、幸せについて、親子について、たくさん考えた。そして、何もかもがわからなくなった。

 

責任?避妊しなかったのが悪い?悪い?人殺しだから?人殺しが悪い?そう思っているのは人間だけでは?所詮人間社会が決めた秩序を保つための道徳。そんなものに流されて、なぜ私が自分の幸せを守ることができない?中絶は人殺しかもしれない、そうじゃないかもしれない、それでもいい、まだ見ぬ細胞に似た人間のために、我が子とはいえ、なぜ私が犠牲にならないといけない?私だけの幸せを望んで何が悪い?自分の幸せを一番に考えて何が悪い?人殺し?胎児は胎児。人という名はついてない以上、人殺しでもないかもしれない。いずれ人になるかもしれなくても、今は胎児。細胞。細胞。殺しても、何も悪く

 

 

 

ない?

 

 

ネット上や、色んな人の意見で、よく聞かれる言葉があった。「子は親を選んで生まれてくるんだよ」

 

 

そんなの嘘だ。生まれて虐待される子もいる、劣悪な環境でしか育ててもらえない子がいる、親に愛されない子がいる、それでも、その親を、家庭を、選んで生まれてきたなんてよくわからない。