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ママになれない...

妊娠して気づいた心の問題

子を持つ準備なんてできてない!

準備なんてできてる人いないよって慰めはあんまり意味ないですよね、自分が悪いとはいえ、やっぱり「できちゃった」は何もかも準備不足。

 

特に人生設計における準備不足が大きいですね。独り身時代にやろうと思っていたことが多すぎて。

 

でも未婚の母にも活路を見出しました。というのもシングルマザーの方がモテるみたいなんです!

 

とかいうと子供放ったらかしで恋愛して、、という毒親になりそうと思われそうですがそういうことでもなくて。

 

とにかく、妊娠して初めて思ったんですがやっぱり女としての自分が失われることって想像以上に不安なんですよ。これまで男好きだったわけでも恋愛しないと生きていけないタイプでもなかったのに。

 

それでも、チヤホヤされなくなるかもしれないというだけで怖いんです。とはいえもうピチピチ若いわけじゃないんで普通に生きててもそこまでチヤホヤされるわけではないですが。

 

でも、聞く話によるとシングルマザーって意外と持てて、頑張ってるねといってもらえて、子への接し方をみられて、それがよければモテる、チヤホヤされるらしいんです。

 

こんなこと言ってバカ親ですが、やっぱり不安はこうやってちょっとでもアホで明るい話題で薄めて行くしかありません。

 

子供ができて、さらに今までよりチヤホヤされるなら、めちゃくちゃラッキー!とおもって、出産が楽しみになってきました。

 

ナメてると怒られそうですが、まあそんなこと言ってられるのは今のうちかもしれないし、産んでも意外とこんなこといってるかもしれないし。

 

実体験を得ながら、学ぶしかないですね。

なぜ、このブログにたどり着いたの?

誰にも知らせないでヒソヒソ書いているこのブログ、最初はアクセス0だったけど、だんだん増えてきた。どこからたどり着いたんだろう?

 

やっぱり「毒親」「中絶」などというワード検索で見つけてくれたのかな?

 

そうそう、毒親との対決というのは、不本意な形でまた毒親に任されそうになる。

 

というのも、成人までに虐待と言える程の過干渉、自由を奪う行為を世にも恐ろしい顔でやってきた母親は、

 

いざ子供の方が強くなり責められるとなると、いきなりよわよわしくなる。

 

かわいそう、許そうかな

 

 

と、少し許しそうになる。

 

これが、罠。

 

こうやって何度も許しては、私が許したのをいいことに数ヶ月後にはけろっと忘れて毒親の毒らしさを徐々に向け始める母親。

 

やっぱり、一生交わることはないんだろうな。

悲しい関係。子供とは絶対にこんな関係にならないでおこう。

 

 

妊娠して性悪に

妊娠して性格が悪くなった気がする。というか余裕がなくなった。

 

まず、わたしの妊娠を喜んでくれる友人。ありがたいはずなのに、手放しで喜ばれるとすごく不安になってだんだん言われすぎると腹が立ってくる。

 

こんな自分最悪だと思うけど、無責任なこと言わないで、と思ってしまう。どんな励ましの言葉も、無責任に聞こえてしまう。

 

産むのはわたし、命がけで産むのはわたし、産んで幸せになるかもしれないけど後悔するかもしれないという不安、堕さなかったことをよかったとおもうかもしれないさど後悔するかもしれないという不安はきっと誰にもわからない。

 

自己責任だってわかってるけど、堕ろす場合も産む場合も、育てるわけでもない産むわけでもない人に「なんとかなるよ」とか「堕ろすなんて最低」とか言われたくない。

 

最低かもしれないけどそんなの自分でわかってる。なんとかならなかった時に助けてくれるわけでもないくせに無責任に言わないでほしい。

 

こんな風に、性格がめちゃくちゃ悪くなった!ほんと、今のわたしはトゲトゲしている。堕ろそうとした時に反対されたのとか、そんなのわたしの勝手と思ってしまった。人殺しが悪いかどうかなんて宗教みたいなこと現実を目の前にしては考えてられない。無責任だとしても、わたしは無責任と言われようと自分の幸せを最優先したい。

 

こんなこと書いてたらどうにも母親になれそうにもない。でももう堕ろせない。堕ろしたいと言った時に罵倒された時のこと、止められたこと、恨むことのないように幸せになりたい。

 

どっちにしろ選んだのわたし、そんなのわかってるけど、責任も取れないのに好き勝手わたしの人生の決断に意見してほしくない。

 

とか思ってしまう。

 

でもエコーに映る我が子は可愛い。その可愛さは、検診が終わって月日が経つごとに忘れてしまい、次の検診まではまた「産みたくない!」と思うのだけど。

 

 

大丈夫だよ

きっと、やりなおせる

それに、やりなおせなくてもいいんだよ

 

やり直しても、やり直さなくても、

私が私で、愛されるべき存在っていうのとにかわりはないよ

 

価値は、なにもゆらがないよ

 

条件付きの愛じゃない

本当の愛をあげる

 

自分で自分に

そして未来の子供に

 

中絶しないことにした

最初のブログでは初期中絶は手遅れと書いたけど、厳密にいうとギリギリできると思う。でも、産むことにした。仕方ない。愛情が湧いちゃった。

 

私の場合特殊かもしれない。妊娠前まで手放しで他人の子供も可愛い崇高な存在だと思っていたけど、今となっては他人の子供なんて気持ち悪いしイライラするし無邪気ぶってて嫌い。気味の悪い、得体の知れない、なにも可愛くない、そんな風に思うようになった。こう思うようになった理由はわかっている。

 

まず、お腹の中にいる子を「自分とは別の人格である他人」だと認識しないといけないというプレッシャーがすごくある。

 

それは、毒親である母が私のことを「この子は私の分身」と言い、自分と私の区別もつかず私の感情も個性も認めてくれず傷つけてきた、そのトラウマからくるプレッシャーである。

 

絶対に、母みたいになってはいけない。

 

子供は他人!

子供は他人!

子供は他人!

 

そんなトラウマからくる意識が肥大化して、子供というものが妊娠後、可愛いと思えなくなった。自分のお腹の子も、おそらく可愛いと思っているのだけど、「感情移入しすぎて毒親みたいになってはいけない」と思うがあまり、愛を遠ざけている感じが自分でわかる。他人だと言い聞かせることで、この子に依存しないように必死で、その結果、「子供なんて可愛くない」という思考に辿り着いている。

 

この子は、私の子供、というより、私のところに偶然託された神様?の子供、だと思っている。育てるというより、サポートする、と思っている。育てるとか、躾だとか、そんな傲慢な態度で他人に接するつもりはない。

 

そうでも思わないと、母みたいになってしまいそうで怖い。

 

妊娠して、母のことも大嫌いになった。曲がりなりにもほんの少し胎児に愛情が湧いてきて、そうすると、こんなにも愛する存在である子供に、母はなんてことをしてきたのだと。よく、あの毒親は、あの女は、子供である私にあんなことができたもんだなと、ますます母のことが分からなくなったのである。

 

きっと子供が産まれたら、もっと母の毒っぷりを認識し、もっと嫌いになっていくことだろう。もしかしたら、本当の意味で母と決別するべき時が来たから、この子が来てくれたのかも知れないとすら思う。

 

一般的には子供ができると母への感謝の気持ちが湧いてくるらしいが、毒親の場合は逆に、恨みが湧いてくる。これは多くの毒親育ちの人が口を揃えていうことで、私も例外ではなかった。毒親育ちに気づいていない毒親育ちの人は、子供ができたとき「あれ、親にあまり感謝の気持ちが湧いてこない」ということをきっかけに、気づいたりするのかも知れない。

 

私は妊娠するまでも、毒母が毒母であることには気づいていたが、でも、妊娠してみてその深刻さと、私がそれによってどれだけ傷ついていたかがわかった。

 

毒母の毒を再認識するのは、ネガティヴなことのように見えて、私にとっては必要なことだったと思う。このまま毒母の毒をなんとなくうやむやにして、それなりに仮面親子で過ごしても、この先いいことはなかったと思う。

 

妊娠をきっかけに、すっぱり決別し、私は私の人生を送り、そして、この子にはこの子の人生を歩んでもらえるようにサポートし、そんな毒母とは別の日々をこれから送ることができることは、私にとってはおそらくポジティブなことなのだと思う。

 

でも、泣いている。本当は母に愛されたかったし、愛されなかったとしても、せめて自分が思う自分の人生を歩みたかった。10代、20代、母に潰された。時間は二度とかえってこない。悲しいし、悔しい。過干渉でなく、みるからに分かりやすい虐待であれば、もっと早くに母を捨てられたのに、と思う。実際、そうらしい。ニグレクトや、肉体的虐待をうけた子供の方が、まだ親のおかしさに気づくのが早い分、親から逃げやすいため、心の問題が「過干渉という虐待」ほどには重症化しない傾向にあるのだとか。

 

私は虐待の中でも特にひどい虐待を受けていたのだ。

 

知らなかった。

 

子供にはそんな思いをさせたくない。そして、こんな想いに気づかせてもらって、こんなんじゃダメだ、私の人生を送らなきゃと気づかせてもらって、この子には本当に感謝している。

 

正直、毒母とも仲が悪い、男は逃げた、未婚、そんな中で中絶も検討したが、でも、やっぱりできない。産むのも申し訳ないかも知れない、ごめん、でも、産む。

 

母みたいに「育ててやる」じゃなく、私は、「育てさせてもらう」という気持ちで産む。

 

育てるのは義務でありせめてもの罪滅ぼし。勝手に私の都合でこの世に誕生させるのだから。ごめん、でも、私ができる限り幸せな人生になるようサポートするから、あなたの感情や夢、個性、どんなものでも受け入れて、それをサポートするから。

 

そんな気持ちで産もうと思う。

 

中絶しなかった理由は、

 

「いろんなことに気づかせてくれて、ありがとう」と伝えたいから。そして、そのありがとうの気持ちを少しでも行動で示したいから。

毒親が理由で、子供がいらないなんて

愛なんて、知らない。

 

母から精神的虐待を受けて育った。過干渉、私は母の分身として認識され、個性や感情を持つことを許されず、私がそれらを出すと否定されて育った。夢も、存在も、やりたいことも、何もかも否定されて育った。それでも私は、私は掛け替えのない存在だと思うことをやめなかった。はずだったのに、やっぱり産まれて初めての人間関係、つまり親子関係で自己肯定感を育ててもらえないと、自分に自信が持てなくなる。自分を否定してしまう。肯定していると頭では思っていた、口でも言っていた、私は私が大好きで自信もあると。でも気づけば、私は私を大切にしないような男にばかり依存し、私を大切にしないような環境にばかり身を置き、そして、ボロボロになっていた。その時は気づかなかった。ただのダメ男好き、だとポップな笑い話だと思っていた、若かったと言うのもある。でも、そんな男に依存する理由は、私が私に自信がなかったから、私が私を大切に扱うべき存在だと認識していなかったからであると言うことがわかった。逆に、この男は良い男という男や、私がずっと憧れてきた類の男に好かれると、急に、相手に魅力を感じなくなるということも多々あった。追っているほうがいい、手に入らない存在がいい、そんな風に思ってしまう。それは、「こんな私を好きになるなんて、この男も大したことない」と思ってしまうからだった。

 

「こんな私なんて」

 

こう言っている自分に、ハッとした。私は、自分のことが好きで自信があると頭で、言葉で、自分や他人に言い聞かせてきたけど、いざ異性関係となると、「こんな私」と自分を卑下してしまうなんて、私はこんなに自己肯定感が低く、悲しく、惨めな存在であったのかと。

 

色々なものが崩れる音がした。

 

どれだけ努力して、外見を磨いて、中身を磨いて、コミュニケーション能力を高めて、好きな男に好かれたところで、自己肯定感が低いままでは永遠に幸せになれないのだということ。

 

それは仕事においても同じ。どれだけ努力して、才能を磨いて、周囲に羨まれるような仕事をしたとしても、自己肯定感が低いままでは永遠に満足できないのだということ。

 

これまで、外見を磨いたり、仕事のスキルを磨いたり、そんな当たり前で尊いはずの努力が、全部私にとっては無駄な方向の努力であったということを突きつけられ、これまでの人生なんだったのか、と、途方にくれた。

 

私は、私の自己肯定感を高めることでしか、何をしても、幸せになれない。でも、好きな男に好かれても、好きな仕事で評価されても高められない自己肯定感を、一体どうやって高めれば良いのだろう。検討もつかない。

 

とりあえず、自己肯定感が著しく低い(惨めだから、認めたくはないが)理由を分析した時、色々と経験するうちに、すべて、母娘関係に起因することがわかった。そして私は「毒親」「過干渉」「精神的虐待」についての知識を深めていくことになる。そして、疑惑が確信に変わった。私は母から、あまりにも巧妙で、気づきにくい方法で、どんな虐待よりも逃れにくくたちが悪いとされる「過干渉という名の精神的虐待」(時に肉体的虐待も)を受けていたことがわかった。そして、そのことに深く傷ついていることがわかった。今思い出しても、泣けてくるくらい、悲しいことがたくさんあった。カウンセラーにも話を聞いた。虐待だと、女の嫉妬だと、断言された。

 

なんだかんだ「あなたを愛しているから」という言葉を信じていた私が馬鹿みたいに思えた。でも、母は私を愛しているのでなく自分を愛しているだけで、私を介護要因のように見ていた。自立をこれでもかとばかりに妨害してきた。そしていざ自立しようとすると、つまり、自分の介護要因にならないと悟ると、掌を返したように無関心になった。そして、私のことをひどい言葉で罵った。その時気付いた。母は私を愛していなかったのだと。

 

歪んだ愛ですらなく愛ではなかった。いや、歪んだ愛というのはつまり愛ではない。

 

就職してから男性と遊ぶだけで車で後をつけて探偵のようなことをしてきた母、夜中に帰るとなると場所を調べて車で迎えにきて私の友人がいる前でも私の恥も知らずに無理やり車に乗せて私を連れて帰った母。そんな母はいつでも「あなたが心配だから、幸せになって欲しいから」といった。

 

けど、母の介護要因になるつもりはないことを告げて以降、例えば、夜中に私がストーカーに合って「迎えにきてほしい」と声を震わしながら助けを求めた時ですら「そんなの大丈夫でしょ、自分で帰ってきなさい」と鼻で笑って電話を切られた。あれだけ心配という名のもとに束縛してきていたが、心配というのは嘘だったのだということを、この時確信した。悲しかった。あれだけ私を心配してくれていたはずの母なのに、私がストーカーに合っていて命の危険を感じていると自己申告した時は、無視したのだから。自分の都合が良いように心配するふりをして束縛をして、私のことなんてこれっぽっちも考えていなかったのだと思った。

 

これを書きながらも、泣いている。思い出すだけで胸が苦しい。初めての人間関係である親に愛されなかったということが、20代後半にもなって、これほど心に、人生に重くのしかかり、私を不安定にするものだなんて、知らなかった。こんなに私は親に愛されたかったなんて、知らなかった。こんなに私は傷ついていたなんて、知らなかった。

 

この子がお腹に宿るまでは、なんにも分からなかった。

 

 

妊娠発覚、私はどこに行くのか

妊娠が発覚して約1ヶ月。11週目に入り、初期の中絶手術が可能な12週まで残りわずか。いや、11週に入ってから中絶を決めるようじゃ、間に合わない。手術の予約をして、痛いと噂の前処置とやらをして、そうこうしているうちに12週に突入してしまうだろう。実質、私に残されている選択肢は「産む」ということになった。いや、中期中絶といって、初期に行う子宮から掻き出す方法ではなく、産むのと同じ方法で陣痛を起こして退治を外に出すという手術はまだできる時期ではある。でもそれは死産届けを出さないといけないし、火葬もしなければいけないし、なにより産むより痛いし、そして、胎児も大きく育っていて、私には、できないと思う。初期中絶でも怖くてできなかったんだから、中期中絶なんて、できるわけない。初期中絶を迷っている間は、何人かの友人に相談し、ネット上の知らない誰かにも相談し、また、ネットで色んな情報に触れた。胎児なんてまだ細胞なんだから早めに堕ろすなら問題ない(と、思うしかない)と言う人もいれば、中絶は人殺しと同じだと言う人もいた。二度と産めない体になることを覚悟でするものだ、とも。

 

人は、何か物事に対する解釈を自身が置かれているポジションに応じて自在にに変えることができる生き物である。少なくとも私がそうだった。まず、妊娠する前は、中絶は人殺しだと思っていた。障害があっても妊娠するようなことをしたなら産むのが筋、すべて自己責任、と思っていた。他人の中絶にはとやかく言える立場ではないが、それでも中絶をしたことがある女性の話を聞くと、少しどこか薄気味悪さを感じていた。要は、中絶反対派だった。不倫の子でも産めばいい、と思っていた。

 

でも、いざ自分が未婚の母になるとなると、長年の毒親と最近の仕事のストレスで鬱になり働ける状態じゃないとなると、意見はコロッと変わった。「中絶の何が悪い?」「人殺し?じゃあそもそも人殺しの何が悪い?」「無責任に、助けてくれるわけでもないのに、他人が産めだなんて言わないで!」

 

中絶について、命について、幸せについて、親子について、たくさん考えた。そして、何もかもがわからなくなった。

 

責任?避妊しなかったのが悪い?悪い?人殺しだから?人殺しが悪い?そう思っているのは人間だけでは?所詮人間社会が決めた秩序を保つための道徳。そんなものに流されて、なぜ私が自分の幸せを守ることができない?中絶は人殺しかもしれない、そうじゃないかもしれない、それでもいい、まだ見ぬ細胞に似た人間のために、我が子とはいえ、なぜ私が犠牲にならないといけない?私だけの幸せを望んで何が悪い?自分の幸せを一番に考えて何が悪い?人殺し?胎児は胎児。人という名はついてない以上、人殺しでもないかもしれない。いずれ人になるかもしれなくても、今は胎児。細胞。細胞。殺しても、何も悪く

 

 

 

ない?

 

 

ネット上や、色んな人の意見で、よく聞かれる言葉があった。「子は親を選んで生まれてくるんだよ」

 

 

そんなの嘘だ。生まれて虐待される子もいる、劣悪な環境でしか育ててもらえない子がいる、親に愛されない子がいる、それでも、その親を、家庭を、選んで生まれてきたなんてよくわからない。